東京地方裁判所 昭和34年(行)18号 判決 1960年5月18日
原告 朴貞連 外二名
被告 法務大臣
訴訟代理人 武藤英一 外二名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
本件について当裁判所が昭和三四年三月一二日した昭和三四年(行モ)第四号執行停止決定はこれを取り消す。
事実
(双方の申立)
原告らは、「被告が原告らに対し昭和三三年一二月一九日した原告らの特別審理官の判定に対する異議の申立は理由がない旨の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は、主文第一項と同旨の判決を求めた。
(原告らの主張)
一、原告らは韓国に国籍を有する者であつて、昭和三二年一二月中旬有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦に入国したものである。
二、しかるところ、法務省東京入国管理事務所の入国審査官は原告らに対し原告らが出入国管理令(以下単に「管理令」という)二四条一号に該当する不法入国者であると認定して退去強制処分に及ぼうとしたので、原告らは同所特別審理官に対して口頭審理の請求をしたが右入国審査官の認定に誤りがないと判定されたため、更に原告らは被告たる法務大臣に異議の申立を行つたところ、被告は、昭和三三年一二月一九日右申立は理由がない旨裁決し、同裁決はその頃原告らに通知せられた(なお、右裁決の結果、原告らに対し退去強制令書が発付せられている。)
三、しかし、被告のした右裁決処分は、次のとおり違法であるのでその取消を求める。
すなわち、原告らが管理令二四条一号に該当する者であることはこれを認めるが、被告は、上記異議の申立に対する裁決に当り、原告らの次のような事情を考慮するときは、右申立を理由なきものと裁決することなく、管理令五〇条一項により、原告らの本邦在留を特別に許可する旨の処分をなすべきであつたのにこれをせず、右裁決を行つたことは違法である。すなわち、原告らは、(一)韓国人として、同項二号にいう「かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがある」者またはこれと同一視すべき者に該当し、また、(二)原告らには、同項三号にいう「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認める」に足る事情があるのであつて、すなわち、原告金両名の法定代理人金次鳳は、原告朴貞連と昭和四年日本において結婚し、昭和一六年長男たる原告金竜守を、同一九年長女たる原告金福子をもうけ、当時福島県下で一家楽しく暮していた。しかるに、今次大戦の激化に伴い、日本国政府の指示を受けて原告ら三名は帰鮮することとなり、その後親子はなればなれのまま、原告らは南鮮で暮していたが、南鮮での生活は困窮を極め且つ夫婦親子ともどもに在りたいという人情の自然から上記のように密入国に及んだものなのである。
なお、被告は右在留特別許可処分はいわゆる自由裁量処分であるというが、それは正当でなく、右処分は管理令五〇条一項各号の要件にき束せられたいわゆる法規裁量処分と解すべきである。但し、仮に自由裁量処分と解すべき場合には、原告らにつき右のような(一)、(二)の事情があるにもかかわらず、被告が、右在留特別許可処分をせず本件裁決処分を行つたことは、右自由裁量の限界を超えた違法な処分であると主張する。
(被告の主張)
一、原告ら主張一の事実は認める。
二、同二の事実も認める。
三、同三の事実については、原告らが密入国者であること及び原告らはかつて日本に在住していたが今次大戦の末期から帰鮮していた者であることは認めるが、その余の事実関係は知らない。
被告の本件裁決処分は適法である。すなわち、管理令五〇条一項の在留特別許可処分は一定の行政目的に基いて行政庁のなす自由裁量行為であつて、そこにおいては、同項各号の要件事実がないのにあると誤認して右許可処分をした場合をのぞき、違法の問題の生ずる余地がない。本件についても、被告は、その裁決をなすに当り、原告らに対して右五〇条一項の在留特別許可処分をすることは妥当でない(原告らは、そもそも同項二号に該当するものではないし、また、仮に原告らが同項三号に該当するとして主張する事実が存在するとしても、これによつては右許可処分をする程ではない)と認めて、すなわちそのように自由裁量をして、上記裁決処分を行つたのであるから、右裁決に違法のかどはない。
証拠<省略>
理由
一、原告ら主張一及び二の事実(並びに原告らが管理令二四条一号に該当するいわゆる密入国者であること)は、当事者間に争がない。
二、被告は、管理令五〇条の在留特別許可処分は自由裁量行為であるから右処分をしなくても違法の問題の生ずる余地がなく、したがつて本件裁決は適法であると主張し、原告らはこれを争うのであるところ、被告たる法務大臣が、本邦から退去することを強制すべき事由ありと判定せられた外国人の右判定に対する異議の申立について裁決をなすに当り、右申立を理由なきものと認めた場合に、そのまま右の旨の裁決をするか、それとも上記在留特別許可処分をするかは、管理令そのものの立法趣旨及びその規制内容、なかんずく同令四九条、五〇条の規定の仕方からみて、右は法務大臣の自由裁量に属するものというべく、換言すれば、法務大臣は当該外国人について、たとえ管理令五〇条一項各号に規定する事実が存しても、なお国家的行政的見地から右許可処分を行うか否かを裁量する権限を有するものというべきである。
したがつて、そこにおいては、本来合法、違法の問題を生ずる余地はなく、只当不当の問題が生ずるにとどまるのであるが、その不当の程度、内容が著しく、当該裁量の結果が右裁量権の限界を超え、或いは、裁量権の濫用と認められるような場合には違法の問題を生ずるものと解すべきである。そこで、この見地から本件事案を考えるに、先ず原告らが管理令五〇号一項一号の「永住許可を受けているとき」に該当しないことは原告ら自身も争つていないし、また、原告らが韓国人としてかつてわが国の主権に服した者であるとしても、それだけで原告らが同項二号にいう「かつて日本国民として本邦(この「本邦」の意義については管理令二条一号参照)に本籍を有したことがあるとき」に該当しないことは明らかであるから(なお、同号の解釈を拡張してこれに韓国人を含ませるべきだとする合理的根拠はない)、これらの点に関する限り被告はむしろ前記許可処分をすることができないのである。そこで最後に、原告らの諸般の事情からみて、被告がこれについて同項三号の「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に該るとして右特別許可処分を行わなかつたのは著しく不当であるか否かをみるに、成立に争のない甲第二号証及び原告金両名法定代理人金次鳳尋問の結果によれば、原告らがこの点に関して主張する諸事実(但し、原告らが今次大戦の末期頃帰鮮するようになつたのは、政府の強制によつてではなく、戦争の激化に伴う任意帰鮮であると認める)及び原告らの夫であり父である金次鳳は相当以前から日本に在住しており且つ原告らを養うに足る程度の資産はこれを有していること等を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
右の事実によれば、原告らに対して上記在留特別許可処分を与えず、再びこれに帰鮮することを強制するような結果をもたらしめることは、原告ら個人に対しては確かに気の毒ではあるけれども、しかし、これをもつて、上述したような国家的行政的目的による自由裁量権の限界を超え、或いは、その濫用による著しく不当な行政処分であるとすることは到底できないのである。すなわち、それは結局において被告の権限に委ねられたその自由裁量権の範囲において正当に行使されたものといわなければならない。
三、したがつて、被告が原告らの異議の申立に対する裁決をするに当り、右在留特別許可処分を行うことなく本件裁決に及んだことに違法のかどはなく、右裁決は適法であるから、原告らの請求を理由なきものとして棄却し、訴訟費用は敗訴した原告らの負担とし、なお本件について当裁判所がした執行停止決定はこれを取り消すこととして主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)